〔指導要領は目標作りを誤った〕
本来なら大切な力ばかりだが
『持続可能な社会作りの担い手を育む教育』=ESDは、文科省も注目しており、学校教育にも取り入れることになっていました。
けれども、教員時代の私は目の前の業務が忙しすぎて、ESDに必要な広い視野で課題を考えることができませんでした。
当時は、
「生きる力ってなんなの?内容盛り込みすぎでしょ!」
と指導要領(文科省が出す、学習目標や学習内容)に反発していました。
けれども今見直してみると、主体性や表現力など、確かに指導要領に書いてある『子供に身につけさせたい力』は大切なことばかりです。
ただ、これらの項目を、子供たち全員に全部身につけさせなければならないような評価になっているので、教師も子供も保護者もしんどくなってしまうと思うのです。もって生まれた能力や性質を限定する必要はありませんが、凸凹があるのが人間です。
平均に近づけようとするあまり、苦手なものを無理に押し付けて秀でた部分を潰すよりも、秀でた部分を伸ばす方がずっと有効だと考えます。
無限の可能性をもった子供たちが様々なことを経験する中で自分らしさを見つけ、お互いの力を伸ばし合い、補い合えたら、それで良いと思っています。